rina ishitani

文 - ふみ -

触覚過敏のはじめて

「…のはじめて」

身体にまつわる変化や症状のあれこれ、覚えている中で最も古いそれの記憶を書き綴る。

 

 

2017年初夏 高校2年

 

冬服から夏服へと衣替えをした。夏用のスカートは短めにしてあるから、いつもよりスッキリと身軽で少し気分も上がる。

駅に着いて、高校へ向かって歩く。

建物から日の下へ出る。

 

数メートル歩いて太腿の裏に違和感を覚えた。気のせいだろうか、と思いつつそのまま歩いた。スカートの裏に何か引っ付いているのだろうか。先ほどよりも感じる違和感にどうにも気のせいとは言えず、スカートの裾裏を確認した。

 

何の変哲もない、ただの布だった。

 

どういうことだろうかと頭をひねりながら、また歩き続けた。

違和感は増した。痛みを感じた。どんどんどんどん痛みは増した。何度も何度も立ち止まった。何度も振り返ってめくってはスカートを見た。

歩く度にスカートは腿を擦る。

歩く度に沢山の小さな針が腿に刺さる。

絶対に何かある。このスカートの内側にはバラの棘が巻き付けられている。

そんな物があるはずないし、仮にあったとしても棘程度でこれほどの痛みにはならない。

分かっていても、スカートを確認せずにはいられなかった。

同じ制服を着た人達が流れて行く。何度立ち止まって見ても変哲のないスカートと、増え続ける痛みに、訳の分からないまま学校への道のりを進んだ。

 

 

私はアトピー体質だったから、また調子を崩して皮膚が弱ったりしたのだと思った。しばらくすれば肌が赤くなるなり異常が見られると思った。でも肌にそれらが見られることはなく、いつもと何も変わらず、きれいでごく健康的な肌のままだった

だから初めは保健室に行くつもりはなかった。見た目に何もなければ対応もできないだろうから。

しかし学校に着いた後にも痛みは増し続けるものだから、やはり一限目の授業が始まる前に保健室に行っておくことにした。

そしてその判断は賢明だった。

廊下を歩き、2階から1階へ降りる頃にはもうまともな歩き方は出来なかった。

少し薄暗い階段を手すりに摑まりながら降りきる。喧騒のないコンクリートの上を一歩一歩と進む。耐えながら足を引きずる。

あと数十メートルという距離なのに、随分な時間を使ってたどり着いた。

 

 

保健室では先生が足に包帯を巻いてくれた。スカートに触れるのが痛いのなら、直接触れないようにすればいいのではないかと試したところ、ぐっと痛みが減った。安心して体の力も抜けた。体操ズボンを履くという提案もしてくれた。たしかにその方が確実だけど、中学の頃のようにスカートの中にズボンを履くことはもうしたくなかった。

そうして先生に礼を言って、しびれのように痛みの残る足で教室へ戻った。

 

もっとも、下校する頃には体操ズボンを履き。

その体操ズボンも数日後には着れなくなったのだが。

 

 

2023/3/23